謎多い在パリ邦人殺害事件

パリ在の日本人が犯した犯罪といえば、あの佐川事件がある。これほどセンセーショナルではないが、関わった日本人の数(被害者、加害者含めて3人)、死者の数(日本人3、仏人1人)では佐川事件をしのぐ謎の事件が10年前にあった。
パリ在の建築家、尾嶋彰氏が、誘拐・監禁され、麻酔を打たれたのち銃殺された事件(1998年)だ。当時の関係者へのインタビューを交えてこの事件を再現した番組がテレビで放映される、というので、 長くパリに住む友人と一緒に見た。10年前、パリの日本人社会ではさまざまな噂が飛び交ったらしい。関係者に近い人から直接話を聞いている友人が補足解説をしてくれたが、番組に期待した謎解きはいっさいなく、謎は深まるばかりだ。

事件が謎なのは、尾嶋氏を銃殺したとされる仏人男性と、殺害の依頼者とされるパリ在の日本人女性の両人とも、裁判の前に拘置所で自殺し、殺害に関与して逮捕された日本人男性も保釈後、銃弾を受けて殺される(未解決)など、単なる怨恨殺人とは思えないほど死者が多く、事件の全貌が闇に消えてしまったからだ。
結局、この事件の端役、尾嶋氏に麻酔を打った看護士と運転手役の仏人男性二人の懲役判決(2002年)で事件はピリオドをうった。

事件のあらましはこうだ。
当時のエクスプレス誌を読むと、女性の父親(不動産業)は、尾嶋氏にパリのホテルの改築を依頼したことで破産状態に追い込まれ、自殺した。バブル崩壊後、最後の望みを託したのが、お金ばかりかかって改築は進まず、結局、大損して売却を余儀なくされたこのホテルだった。
同誌のトーンはこの女性にたいへん同情的だ。尾嶋氏を「この人の手にかかると、工事現場はめちゃくちゃ。ただただ金を吸い取られる」「建築家というより詐欺師」と言い切り、白百合女子大の仏文科を出たこのインテリ女性が、末期がんで先が長くないと知ったときに、復讐殺人を考えついた、と書いている。
テレビ番組では、末期ガンについては触れられていないが、殺人を実行した仏人男性は、お金持ちのこの女性の私的用心棒のようなことをやっており、逮捕されてからも「サムライとして、彼女を助けただけ」と供述している様を再現している。

しかし、大きな謎が残る。
パリ郊外にある仏人サムライの自宅地下室(尾嶋氏はそこの巨大冷凍庫で死体となって発見された)には、監視カメラがあり、棚には麻酔道具、各種劇薬、麻酔薬がひしめき、まるでプロの監禁・脅迫屋、殺し屋の地下室の様相だ。冷凍庫だって、死体専用だったのではないか、と思わせる型とサイズだ。事件の再現だから、このあたりは警察資料に忠実だと思う。尾嶋氏一人の監禁、殺害にこれだけの道具を揃えるだろうか。番組ではそれに対して疑問は投げかけられていない。
しかも、一私人の怨恨殺人に、4人もの共犯者が揃うだろうか? この女性はともかく、仏人サムライはほんとうに自殺したのだろうか?
尾嶋氏を、麻酔注射を持つ男が乗る車に連れ出した日本人男性は、なぜ殺されたのか?

もっと大きな組織が絡んでいると私は思う。