ポスターをはがして金持ちになった男


知らない町を旅しているとき、ポスターを貼り続けた古びた壁がおもしろく、写真を撮ったことがある。写真をとるまでいかなくても、古いポスターが新しいポスターの破れから見える様に、目を引かれた経験は多くの人がもっていることだろう。
それを、アートにまでしてしまった男がいる。フランス人のジャック・ヴィルグレ(1926〜)だ。

その回顧展「都市のコメディ」がいま、ポンピドーセンターで開かれている。いくらか、手を加えているのだろうと思っていたが、”制作”風景の映像を見ると、ポスターが重なって貼られたおもしろい壁を見つけては脚立をたてて登り、ナイフで切り取り、丸めてアトリエに持ち帰り、それをカンバスに貼る、ただそれだけだ。
「僕は画家じゃないから、自分では描けない。ある部分にナイフを入れてわざと切りはがす、ということはやるけどね」
とインタビューに答えるヴィルグレは、ポップアートの先駆者、現代美術の重要アーティストというより、近所にいる変わりもののおじさん、といった雰囲気だ。
古い新聞を見ると、「ポスターをはがして金持ちになった男」と書かれている。ヴィルグレのポスターはがしは、1949年、パリで始まった。

ホンモノを身近で見ると、ポスターを集めてコラージュしたものではなく、あるがままのポスターの重層であることがわかる。彼が手を加えたのか、と思っていた落書き文字も、ホンモノの落書きであるらしい。重なりあったポスターのある部分は雨に濡れて色褪せ、ポスターのどぎつい色彩にニュアンスを与えている。作品のタイトルは、作家の思考を経たものでなく、これらをはがした通りの名前であるにすぎない。
ポスターの重なりとはがれが作る色の万華鏡は、不思議な美しさをもつばかりか、異なる色づかいや、絵、写真、活字のスタイルをとおして、時代を生き生きと見せてくれる。リアリズムとは、わざと現実に似せて作る非現実だが、これはまぎれもない現実を違う見方で見せてくれるものだ。

ニューヨークでもロンドンでも東京でも、このアートは生まれる可能性があったと思う。でも、やはりパリだった。パリの町並みを背景にしてこそ、その美しさが際立ったのではないか。