スパイ小説より面白い奇々怪々

この事件は、もっと深いところで、ロシアマフィアやもっと巨大な政財界スキャンダルと関わっており、単なる政敵追い落とし事件に矮小化されてしまうとすれば、残念なことだ。洋の東西を問わず、政財界の奥深くに溜まっている腐敗の膿はなかなか外にでないようだ。

話は2003年3月に遡る。航空機・出版を中心とする仏最大のコングロマリット、ラガルデール社のトップ、ジャン・リュック・ラガルデールが変死した。ラガルデールとともに2000年、ドイツ、スペイン、フランスの防衛産業を合併させ、巨大企業EADSを設立したジェルゴランは、ラガルデールが変死した状況や死亡前後のラガルデール社株の不審な動きから、ロシアマフィアの関与を強く疑い、フランスの経済・技術公安長官に調査を依頼した。調査を開始した長官も何週間後かに、常に誰かに見張られていることを認識し、仏秘密警察に通報。秘密警察は、公安長官に張り付いていた男の一人がフランスの民間警備会社社員で、ロシアマフィアと関係がある人物であることを突き止めたが、「追跡者」の調査はどういうわけか、ここでストップしてしまった。

秘密警察はこのとき、ラガルデール株が複雑な経路で、ロシアマフィアやかつて東欧の秘密警察のフィクサーだったスウェーデンの兵器商人に大量に買われ、何人かの仏政治家の手にも流れていることを発見したと見られている。ロシアマフィアが欧州軍事産業を破壊あるいは乗っ取ろうとしている、と危機感を高めたジェルゴランは 2003年、知り得た情報を知り合いの秘密警察関係者ロンド将軍(70-80年代の国際テロリスト、カルロスを捕らえたことで知られる)に伝達し、さらに調査するよう依頼した。

2004年初め、ジェルゴランは更に情報を得るため、部下でITセキュリティ部長のレバノン人ラウドに、ルクセンブルグの銀行クリアストリームのコンピュータシステムに侵入して、口座保持者リストを盗むよう命じた。この銀行は、賄賂授受やマネーロンダリングにしばしば使われることで知られている。ラウドはハッキングによって得たとして、同銀行の口座情報をジェルゴランに渡し、ジェルゴランは友人のドビルパン(当時の外相)に、これらの情報を伝えたという。
後の事情聴取で、この口座リストはラウドがハッキングしたものでなく、会計監査情報をダウンロードし、そこにサルコジなど需要人物の名前を加えて偽造したものと判明した。ラウドはそこまでのIT天才ではなかったようだ。誰がサルコジの名前を加えるよう命じたのか、が裁判であきらかになるかどうかはわからない。