カウフマンのウェルテル

医者から3週間座れない、と言われている。しかし、何ヶ月も前から楽しみにしているオペラを諦めるわけにはいかない。幸いマスネの「ウェルテル」は、前が空いた席に変えてもらえたので、クッションを2つ持って出かけた。オーケストラ席の後半部最前列。浅く座って体をまっすぐにし、頭を椅子にもたせかける。知らない人がみれば、ふんぞり返って何様だ、と思うような姿勢だが、目当てのヨナス・カウフマンの顔が十分見えるいい席だった。

両隣りは年配の女性で、カウフマンが唱うたびに、オペラグラスをあてていた。ふたりともブラボーの連続だ。第一バルコンから見ていた友人は、休憩時に会った時、「今回はオペラグラスで見てる人がすごく多いわよ」と言っていた。やっぱり、カウフマン目当てか。私はクッションのことばかり考えて、オペラグラスを忘れてしまった。
でもなんだか、一幕目はカウフマンの声がくぐもって、はっきりしなかった。2幕目から、ノドがすっきりしたのか、彼特有のソフトな弱音にも艶が出て来た。悲痛なアリア「春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか」までに、調子は最高に盛り上がっていた。
シャーロット役のソフィ・コッホも妹のアンヌ・カトリーヌ・ジレもすばらしかった。
舞台装飾はクラシックなミニマリズム。自殺するウェルテルの小さな部屋は、舞台の奥でよく見えないなあ、と思っていたら、いつのまにかじりじりと舞台の前に移動していた。