バスクの恋

4月初め、友人の住むバスク地方(スペイン側ではなくフランス側の)へ行った。友人の住む町は見るべきものが何もなく、まったくもって退屈なところであった。友人の周りの人たちはみな、新聞の三面記事のような破滅的な愛の物語を抱え、都会からここまで流れてきた、といった感があった。波瀾万丈の人生だったので、何もない静かなところで暮らしたいのかもしれない。
スーパーマーケットでの食料品の値段は、パリより少し安い程度だが、アパートの家賃は、何と、パリの10分の1くらい。場所代が安いから、カフェやレストランもパリより格段に安い。パリが与えてくれるさまざまな機会、展覧会やコンサートやさまざまな行事、教育や知識を得る機会を享受しないなら、コーヒー1杯1ユーロの田舎でゆったり暮らしたほうがいいだろう。
とはいえ私は、3日でパリに帰りたくなった。

しかし2つ感動することがあった。ひとつは、卵がおいしいこと。ひとつは、高齢の恋だった。卵は、友人の友人で、いつもバスク地方の黒いベレー帽を被っている70歳のバスク人農夫がくれたものだ。ゆで卵にすると、オレンジ色の黄身がクリームのように口のなかでとろける。これまで食べていたのは何だったのか、と思えるほどだ。
農作業が忙しく、生涯独身だったこのバスク人は最近、恋をした。お相手も70歳で、ふたりは今、熱烈に愛し合っているという。バスク地方独特のベンチに寄り添う2人を見ていると、いくつになっても恋ができるなんて、うらやましい、と思うと同時に、なんだか違う世界の出来事を見ているようでもあった。

パリは「恋も孤独も似合う町」(何かの本の見出しだが、言い得て妙である)だが、バスクの田園に孤独は似合わない。これまでずっと一人だったお爺ちゃん、死ぬまで一緒にいられる人が見つかってよかったね。それにしても、2人が話すバスク語はチンプンカンプンだ。

遠くに見るピレネーはまだ真っ白だった。